130年余りの歴史を持つ金谷ホテル。展示室「金谷の時間」には、そのホテルの華やかな表舞台の歴史を陰から支えた数々の品々が登場する。そして、それぞれの品々が、現代の私たちの日常の生活につながっていること、また、未来につながれていくのだろうと・・・

「金谷カッテージイン」の時代、
泊り客に食事の時間を知らせるために使われた鐘(?)

バスタブのお湯を温めるために使われたもの

タイム・レコーダー

電気釜

電気ヒーター
130年余りの歴史を持つ金谷ホテル。展示室「金谷の時間」には、そのホテルの華やかな表舞台の歴史を陰から支えた数々の品々が登場する。そして、それぞれの品々が、現代の私たちの日常の生活につながっていること、また、未来につながれていくのだろうと・・・

「金谷カッテージイン」の時代、
泊り客に食事の時間を知らせるために使われた鐘(?)

バスタブのお湯を温めるために使われたもの

タイム・レコーダー

電気釜

電気ヒーター
1902(明治)35年、栃木県最初の一般電話が日光にひかれた。各国の皇族や大使・公使などの要人の滞在にそなえて、電話の設置は必要であった。日光のホテル・旅館に電話をひく申請の先導に立ち、金谷ホテルは「一番」の番号をもらった。現在でも、ホテルの番号は、0288-54-0001である。「金谷の時間」の展示室には、当時の電話機と、1945(昭和20)年から1952(昭和27)年、ホテルが米軍(GHQ)に接収された時の、米軍の置き土産の軍用電話機も展示されていた。

展示室「金谷の時間」の入口


「0001」の番号を持つ古い電話機


米軍の置き土産の軍用電話機
日光金谷ホテルは、1873(明治6)年、日光の四軒町という所で民宿のような形で営業を始めた。現在の場所に移ったのは、1893(明治26)年。その頃から、金谷ホテルではさかんに写真が撮られている。当時の写真の乾板(ガラスのネガ)が1000枚以上、「蔵」に保管されていた。100年以上を経てよみがえった貴重な史料である。明治20年代から明治の末までの写真、特に金谷ホテルの社員の笑顔が印象に残った。


現社長は金谷家直系の井上槇子さん

日光物産商会前で、日光電気軌道の一番電車を待つ人々
ー1910(明治43)年8月10日ー

金谷社員、みんな笑顔!

本館3階の北側廊下を東へずっと行くと、スケートリンクへ上るガラスの扉があり、そこを開けて階段を上ると、右手に屋外のスケートリンクとプールが見える。 大正時代になると、年間を通じて海外の利用客が増えたため、1916(大正5)年にスケートリンクが造られた。1921(大正10)年に、休憩所「龍宮」と「展望閣」が建設され、その後、1939(昭和14)年に、25メートルプールを建設。休憩所には、体を温めるための暖炉があった。プールを訪ねた時、老齢のカップルが楽しそうに泳いでいた!

廊下はまるで昔の小学校のようだった。


温水プール


「龍宮」

幻想的なスケートリンク!

展望台の暖炉は昔のものだろうなぁ・・・
本館2階に、「小食堂」と呼ばれる部屋がある。1893(明治26)年、本館が建てられた当時は、メインダイニングとして使われていたという、ホテルで一番古い食堂とか。現在は、「日光ロータリークラブ」の例会場として使われている。壁を飾っているのは十二支の彫刻。そして、天井には、さまざまな花鳥風月を描いた格天井(ごうてんじょう)がある。丸い柱には牡丹の花の柱頭彫刻が施されていた。

「日光ロータリークラブ」の例会場として使われいる小食堂

牡丹の花の柱頭彫刻が施された柱

花鳥風月を描いた格天井


十二支の彫刻

スチーム暖房機や床も古い!
1901(明治34) 年頃に建てられた新館1階の奥に、バンケットホールがある。木造の大広間の拡い空間には柱一本もないため、それを支えるために吊り天井が使用されている。バンケットホールの壁画を飾るのは、平安時代の代表的歌人「三十六歌仙」の画である。当時はどのように使われていたホールなのであろうか。訪ねた時は、結婚式が行われた後のようであった。


柱一本もない大広間の空間

壁画を飾る平安時代の「三十六歌仙」の画

金谷ホテルの2階、メインダイニングからバンケットホールに通じる通路にもホテルの歴史を物語る写真や備品の展示がある。蔵の中にしまわれていたという陶器や銀器には、金谷ホテルのロゴや「カナヤ」という字がはいっている。大正中期や戦前までのノリタケや東洋陶器の特注品が多く見受けられる。また、明治時代のスタンドも。日光では、1893(明治26)年に発電所ができ、金谷ホテルも現地に開業以来、電気を使用。1908(明治41)年には自家用の水力発電所を設けている。

廊下が展示室に・・・

明治時代のスタンド



メインダイニング入り口に並べられた昔の食器
金谷ホテルの別館客室に宿泊。1935(昭和10)年に建築された3階建て。エレベーターはない。当時の宮大工たちが関わった建築物。そして、外国人宿泊者を意識した和洋折衷の工夫があちこちにみられ、伝統とモダンのコラボレーションに、日本の「近代化」のあり様を感じる。歴史に残る多くの人たちが宿泊されたところでもある。時空を超えた数多の物語を想像しながら、ワクワクした!


歴史を感じる古い机


天井が高いなぁ!

カーテンではなく襖が使われている!

別館客室から望む金谷ホテル

金谷ホテルのメインダイニングのカウンターの向こう側に、重厚なサイドボードが置かれている。明治時代の食堂を撮った写真にも登場するサイドボード。30年前にはバーのカウンターとして使われていたらしい。また、金谷ホテルの館内を飾るものとして、あちこちに大きな鏡がある。外国人のお客様を意識してつくられた鳥居の形をした鏡など、そのデザインも楽しいものばかり。

メインダイニングに置かれたサイドボード

ダイニング隣のロビーにある鳥居の鏡

by tumonalbert
別府市内成棚田